東本昌平先生の集大成とも言える作品。先生の抱えてきた感情が凝縮されているとおもいます。
このお話の軸になっている3人がいます。
この3人の愛車を比較してみると この3人が象徴している物が見えてきます。
・主人公キリン(ネギ) 若者 イケメン 愛車:マッハ(とても古いバイク)
・審査員(処刑人)キリン 中年 枯れている 愛車:カタナ(古いバイク)
・警官ピクルス 中年 権力の象徴 醜く太っている 愛車:GTR(最新鋭のスポーツカー)
何故か一番若いネギが一番古いバイクに乗っています。
これは色々な意味が含まれていると思います。
まずネギの視点からだと反骨精神ですね、パンクロッカーが夏でも
鋲のついた革ジャンを着るみたいな。
キリンとピクルスの視点からだと、過ぎ去った自分の過去の象徴。
若くて希望にあふれた若者が自分たちが若いころに乗っていたマシンに乗って歯向かってくる。
過去の自分が現在の自分に対して問いただしてくるんです。
キリンからすると愛おしさと切なさがこみ上げてくる。
ピクルス(権力)からすると忌々しくてたまらない。
おそらく東本先生はキリンに自分を重ねていると思います。
若さや、社会などに対する憤りがキリンのテーマの一つですから
こういう構造になっているんだと思います。
この漫画を描きながら自分自身の投影をキャラクターにしているから、
とても体重の乗った作品になっているんだと思います。
審査を突破しないと抜け出せない街はその人が勝手に作っている壁、限界の象徴ですよね。
本当は会社を辞めたり地元を出たりするのは簡単なはずなのに
自分には無理だと勝手に思い込んでいる。
キリンは体制側であるにも関わらず、旧世代のバイクに乗り続けています。
それは、まだ反骨精神が完全に消えているわけではないです。
しかし、街から出ていこうとしない。
だから、度々ネギに「自分のようになるな」と言い続けるのです。
そんな自分と理想の狭間にいるのがキリンの立ち位置であり
長年から続くキリンのメインテーマだと思います。
あと最後にデンスケに一緒に街を出ようと誘いますが断られてしまします。
これはバイクに乗る人間と乗らない人間の絶対に埋まらない溝の象徴だと思います。
どこまでいってもバイク乗りは孤独なんだと。